第3回 篠塚健次郎 さん
シノケンはどれほどの「砂漠バカ」なのか? の巻
今年、ななんとパリダカで生命まで危ぶまれる事故を起こしてしまったシノケンこと篠塚健次郎選手。「引退」のウワサを振り切り、なりもの入りで三菱から日産に移った結果のことであるが、それもあるのか、実は未だに「出る!」と宣言してるとかしてないとか。まったく懲りないお人である。いったい彼をここまで駆り立てるものはなんなのか? 昨年末、パリダカ直前に俺がインタビューしたものを掲載いたします。既に『ザッカー』2003年2月号に掲載されたものです。
小沢 あのぅ、今回、三菱辞めて日産からパリダカに出るって聞いた時、思い浮かん だ言葉があるんですが。
篠塚 なんですか。
小沢 篠塚さんって「砂漠バカ」なんだなぁって(笑)。さんざん砂漠走ったわけ じゃないですか。よく飽きないなあって。ジャンボ尾崎とかマイケル・ジョーダンもそうだけど。
篠塚 飽きないっていうより「一等賞になるっていうのはいいなぁ」っていうのが正 直ね。本当にいいものなのね。小学校の運動会だってそうだと思うけど「またあの気分を味わいたいな」っていうのが本音。
小沢 勝つ気マンマンですね。
篠塚 そりゃあ今年の春過ぎには、会社のある人に「2000年に事故も起こしたし、2002年もぶつかったし、危ないから辞めたらいいんじゃない」って言われたし、それはそれで全く正しい判断だとは思ったんだけど、自分の気持ちと体力と相談してみて、優勝は十分狙えるっていうのもあったのね。
小沢 でも、2000年の事故はひどかったんですよねぇ。
篠塚 あの時は6台同時スタートで、大きな砂丘のうねりを越えたところで急に落ちた。時速160キロぐらいですよ。ボーンって飛んで反対側の路面に突き刺さっちゃって。
小沢 うわー。
篠塚 6台中4台が突き刺さって、乗ってたのはナビゲーターもいるから8人だよね。そのうちの4人が背骨折れちゃって、いまだクルマ椅子の人もいるし、ところが僕は背骨が折れなかった4人の方に入れたわけ。これはすごくラッキーで。
小沢 逆に意欲が湧きましたか。
篠塚 その後2ヵ月くらいは寝てて、それなりに考えたのね。51歳だったから、辞めてもおかしくないし、辞めろって言われるだろうなって思ったけど「やっぱりやりたい」って。これまでずっと二足のワラジでやってきだけど、人間そんなに器用じゃないだろうと。ラリーに絞ろうと。
小沢 そこステキですよね。俺、正直、会社員でレーサーってズルいなぁって思ってた部分があるんですけど、辞めてやっぱりこの人はバカだったんだって(笑)。
篠塚 だだそんなにすんなり決まったわけじゃなくてね。その2年後、つまり今年になっていよいよ続けられるかって話になった時、やっぱり家族に相談したんですよ。
小沢 そりゃそうだ。
篠塚 そしたらかみさんは「辞めちゃえば」って軽く言ってくれてね。息子はあんまりわかってなかったみたいだけど「やりたいことやれば」って。ただ「ゲームとか買えるよね?」って心配されたけど(笑)。
小沢 いいですねぇ。力抜けてて。
篠塚 あの家族だから辞められたっていうのはありますよね。乗るところはなくても退職金をチビチビ使えば何年かはいられるし、清里にペンションがあるから「やってもいいわよ」って言ってくれて。俺もペンション屋のオヤジかぁ、って一瞬過ぎったけど、それも悪くないなと。
小沢 送迎できますよ(笑)。
篠塚 その後、日本じゃなくてフランスで、モータースポーツ界の人と会う機会があって、日産の人とご飯を食べたんです。そしたら今、日産がワークスとして初めてパリーダカールやろうって計画があって、4年計画って事までは決まってるんだけど他は決まってないって。
小沢 話は本当にすぐだったんだ。
篠塚 出会いってのは不思議なもんだよね。まさか自分が日産のユニフォームを着るなんて夢にも思わなかったし、全く考えてなかった。
小沢 今、すっごく新鮮ですね。
篠塚 そう、今54歳で、新しいチャレンジを出来るっていうのはすごく幸せなことだよね。同時になにをすればいいか、なにをすれば評価されるのかって目標がハッキリしているのもいい。我々の世代の人って、今、すごく不安を抱えているでしょ。何をすればいいのかすらわからない。
小沢 何位ぐらいにいけますかね。
篠塚 それはわからない。前回まではシュレッサー対三菱だったのね。だけど今度は日産が5台加わり、さらにフォルクスワーゲンが3台加わり、BMWも2台出場する。
小沢 ワークスが4チームもある。
篠塚 不気味なのはフォルクスワーゲンだよね。なんでってディーゼルエンジンのバギーで出るみたいなの。今のレギュレーションだとすごく有利で、最低重量は軽くなるし、吸気制限もガソリンより緩い。
小沢 日産チームはどうですか。
篠塚 既に南アメリカのチャンピオンシリーズってラリーに出てて、今年のチャンピオンカーなんです。1日、2日で5、600キロ走るレースで、そこで速く走っても全く壊れない。パリダカの場合、吸気制限が加わって、280馬力になるから駆動系にかかる負担は極端に楽になる。
小沢 じゃ、耐久性ではライバルをリードしていると。
篠塚 いや、耐久性は三菱でしょう。20年やってるわけだから、クルマ全体だけでなく、「このパーツが弱いから早めに交換しなくちゃいけない」って事がわかってる。
小沢 ところで篠塚さん自身、イケる部分とイケない部分ってのは。
篠塚 どうしようもない部分は視力。今はメガネかけないと見えないしね。ただ反射神経とかで落ちたとかはあまり感じないし、それから2ヵ月寝てた時に極端に体力が下がったけど、フランスにいる時は1日3時間トレーニングしてるから。
小沢 一番聞きたいんですけど、いったい砂漠の魔力ってなんですか。
篠塚 わからないところかな。毎年違うコースだし、路面はすぐ変わっちゃうでしょう。とにかくゴールしないとわからないわけよ。タイムを見て、初めて「速かった」とか「遅かった」とか言える。それからミスは必ず出るから。だいたい先がわからないところで時速160キロで走ってミスしないわけないじゃない。
小沢 やっぱり運命というか、天に任せるというか。経験は効いてきますよね。篠塚さんにしてみれば、歳を取って遅くなるどころか逆に速くなるって思ってるんじゃないですか。
篠塚 あるのかもしれないね。自分ではまだ出来ると思ってるんだから。
小沢 しかしそういう局面ってレーサーだけじゃなくてもどんな仕事でもありますよね。サラリーマンでも。
篠塚 あるでしょう 。今回も正しいか正しくないのかってのはなんとも言えないんですよ。三菱に居続けたら無難にやれたかもしれないけど、「やりたい」って思ったわけだから。難しい話じゃないんですよ。単純で。
小沢 お会いして思ったけど、わりとお気楽な感じですよね(笑)。
篠塚 自分なりには悩んだんですけどね(笑)。「世話してやったのに」って言う人もいるだろうし、言われてるのかもしれない。でもそれを気にしてもしょうがないんじゃないかって。元々、僕がラリーを始めたのは友達が誘ってくれたからだし、今回だってかみさんが「いいんじゃない」って言ってくれたから辞められただけ。「子供の教育もあるから」って言われてたらどうなってたか。きっと辞めてないね。
小沢 なるほど。「ゲーム買えるかなぁ?」は良かったですね(笑)。
篠塚 人生そんなもんですよ(笑)