最近乗ったクルマ
つい忘れがちなんだけど(忘れるな?)、俺の本業はモータージャーナリストってことになっております。そこで最近乗ったクルマについて久々コメント。
アルファロメオ159。コイツはね。ちょっと疑問だったなぁ。悪くない。っていうかカッコいい。品質も前の156より高い。でも、いまひとつうれしくないんだよなぁ。納得できないというか。
先ほどその理由がハッキリいたしました。残念なのよ。一言でいって。というのも簡単に言って『ドイツ車っぽくなっちゃったから』。アルファよ、オマエもか? 的な部分確実にあり。
というのもある種、ないものねだりな意見ではあるんだけど、最近のアルファロメオのよさって、ドイツ車っぽい部分とは対極な部分に結集されていたわけです。
「ああ、別に品質いいだけがクルマじゃないんだ!」「精度だけがクルマじゃないんだ!」「静かだからいいってわけじゃないんだ!」みたいな部分。目からウロコが落ちたって言うかさ。正直、肩から力が抜けました。
俺個人、実は結構、開放されたりもした。というのもさ。俺自身、言ってみればベンツじゃなくて、アルファロメオタイプじゃない。なに言ってんだかわかんねー??? って人にあえて解説すると、俺は正直、クルマにめっぽう詳しいわけではない。運転も特別上手くはない(ヘタではないが…)。ではなぜプロとしてやっていけるのか? (バラエティ)と但し書きが着くにせよ、自動車ジャーナリストなのか? それはさ。自分で言うのもなんだけど、俺にしか気づかない、俺にしか(俺ぐらいか?)言わないクルマに対する意見ってモノが多少なりともあって、少なからず、それを聞いていただいているお客さんがいるってことでしょう。
それはいわゆるクルマでいうとドイツ車的なものとは対極的で、具体的にはKSさんみたいな、走れて、エンジニアリングもわかって、英語も完璧! みたいなジャーナリストじゃないけど、それなりに存在しているってことよ。
で、それってニーチェのいう、「差ではなく、違いだ」っていう言葉に勇気付けられる存在で、つまり、一つのものさしだけが性能を語り、人生を語るわけじゃないってこと。どんな人にも生きる権利があり、主張する権利がある。
そこで私もいるし、アルファロメオもいるわけ。大げさに言うと。
で、確実に、156ぐらいまでのアルファにはドイツ車にはない喜びがあって、それが良かったし、ファンに支えられていたんだと思う。で、今は親会社のフィアットが調子悪いとか、一時、大株主だったGMがかなりやばいとかいろんな理由があるとはいえ、ぶなんなくるまづくりで面白くなくなっている。そこが俺としてはつまらないし、哀しいのだ。
でもま、それでも十分カッコいいし、アルファっぽいんだけどね。だけど俺としては60点ぐらいだなぁ。マジで。
個人的には昔の欲しいです。アルファロメオ。